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cachikuのブログ

元「本を読んだ気になるブログ」です。個人の備忘録である点は変わりません。

クラウゼヴィッツ『戦争論』vol.010|最高司令官には軍事的知見だけでなく、政治的知見も必須である

《参考図書

 

《今話で取り扱う範囲》

  • 軍事的天才(第1篇・第3章|p.111〜)

 

     ◇

 

最高司令官には軍事的知見だけでなく、政治的知見も必須である

前回は将帥に求められる人間的な特性について見てきました。今回はその最後の締め括りとして「地形感覚」の話と、「最高司令官」のあり方についての総括的な話です。これをもって、第3章は終わりです。

 

 

*地形感覚

では、まず「地形感覚」から見ていきましょう。これは正確には「戦争と土地および地形との関係」と題されますが、クラウゼヴィッツはこの関係性の特徴について、次の3点を挙げています。

 

  1. この関係は、常に存在するため、文明諸国の軍隊は、必ず一定の空間内において軍事的行動を起こすと考えなければならない。
  2. この関係は、戦争に多大な影響を及ぼし、交戦国の戦力の関係を根底から覆してしまうことすらある。
  3. この関係は、地形の微細な点からも、また広大な俯瞰的視点からも考えられなければならない。

 

(1)は「常に土地と地形を意識して戦いましょう」、(2)は「なぜなら、地形は彼我の戦力差を覆してしまうくらいの影響力を持っているからです」、(3)は「意識するときは、微細的な視点と俯瞰的な視点の両面を忘れないようにしましょう」ということです(そのままですね)

 

ただ、戦争は広大な土地で展開されます。その土地はあまりに広大なため、土地のすべての特徴について知るのは大抵、不可能だとクラウゼヴィッツは言います。さらに、土地の情報は常に変更・上書きされていくので、その把握はさらに困難を極めるとも。

ですが、その苦労は自軍だけではなく、敵軍にもあてはまります。よって、その事実から次のことが言えます。

 

  1. 才能と訓練によって、この困難を克服したほうが優位に立つことができる。
  2. 実際には彼我双方で一様ではなく、交戦国の一方、特に防御側が土地についてより詳しいのが一般的である。

 

そして、この(1)の「困難の克服」するために必要なのが「地形感覚」です。これは簡単に言えば、地形の幾何学的な特徴を即座に掴む力を意味します。具体的には、肉眼で実際に見た光景と、それが及ばない部分を学識と経験で補うことで、いま戦場がどんな状況にあるのかその映像をつくりあげる力です。

 

この地形感覚の説明をもって、将帥に求められる人間的特質の話が終わります。そして第三章の最後で、ここまでの総括として「最高司令官」のあり方について語られます。

 

*最高司令官

最高司令官とは文字通り「最も高次の将帥」です。

この最高司令官とそれ以下の軍人のあいだには明確な違いがあるとクラウゼヴィッツは語ります。それは「後者が前者の指揮下にあることで、その精神的活動を著しく制限される」という点です。

ただ、この事実を誤解した人々から「卓越した知性的活動は最高の将帥に限定され、それ以下の軍人は普通の知性のみで足りるという俗論が生じた」という批判も彼は合わせて述べています。

 

クラウゼヴィッツのスタンスは「下級の指揮官でも、ゆくゆくは高次の指揮官になるため、卓越した精神的諸力は必要である」というものです。下級・上級を問わず、指揮官として卓越した功績を成し遂げるには、それ相応の卓越した天才が求められる、最高司令官のみがそれを持つように語られることが多いのは、その発揮される天才が下級の指揮官のそれよりも程度の上で圧倒的だからだと言います。

要は、下級指揮官たちの才能が普通の水準にあるのではなく、最高司令官の天才のレベルが高すぎるため、下級指揮官の才能のレベルが相対的に低く見えてしまい、結果「彼らは普通の知性しか持っていないけど、それで戦争はできているじゃないか」という俗論が生じたというわけです。

 

では、将帥に求められる「卓越した精神的諸力」とはなんでしょうか。

 

クラウゼヴィッツはそれを「軍事的活動に関する知識はもちろん、内政と外交に関する優れた知見」だと言います。つまり、将帥とは軍人であると同時に政治家でなければならないというわけですね。ただし、彼はあくまでも「なによりも軍人であることを忘れてはならない」とも言います。必要なのは政治家であることではなく、政治家に求められるものと同様の知見であるというわけです。

戦争において、軍事と政治は多種多様に絡み合い、問題を複雑化します(これについてはすでに何度か述べてきたので詳しい説明は割愛します。政治の介在によって戦争が純粋理論的に運べなくなることです)。そのため、将帥が戦中で直面する問題も、確からしさの法則以外から判断しようがないほどに困難なものとなります。これを乗り越えるために必要なのが、卓越した精神的諸力(内政の知識、外交の知識、軍事的知見)が必要というわけです。

もちろん、この精神的諸力は「情意と知性の合金」(遂行力、頑強、堅忍、性格の強さ)のもとで運用されなければなりません。そうでなければ、実行力が伴わず、知識が持ち腐れになってしまうからです。

 

最後にクラウゼヴィッツは、最高司令官に求められるのは「内政と外交、そして軍事の知識であり、それを運用する上では創造性よりも精確な思慮に富むこと、そして熱しやすいよりも冷静なことが必要である」とします。戦争を支配するのは「確からしさの法則」ですから、必要なのはその「確からしさ」を正しく把握するための知識であり、その運用です。創造性は確率論と大きく乖離するものですので、不要なわけですね。

 

これにて第3章が終了です。次回から第4章に入ります。

 

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《露骨な宣伝》

趣味で海戦の小説を書いていたりします。

 

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