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クラウゼヴィッツ『戦争論』vol.016|戦争の分析は基本、戦史に基づいて、当時の将帥が持っていた情報だけをベースに、客観的に行われなければならない

《参考図書》

 

《今話で取り扱う範囲》

  • 批判(第2篇・第5章)

 

     ◇

 

戦争の分析は基本、戦史に基づいて、当時の将帥が持っていた情報だけをベースに、客観的に行われなければならない

さて、今回は「批判」の話です。日常生活でもよく耳にするワードですね。クラウゼヴィッツは戦争を理論的に分析する上で批判は欠かせず、ただ「批判」がどういうものかをきちんとわかった上で応用しましょうと言っています。

 

 

まずクラウゼヴィッツは、批判とは「理論的真理を実生活に適用する手順である」とします。といっても、あまりピンと来ませんね。どういうことでしょうか。

 

歴史的な事例をありのまま叙述することと批判的に叙述することは大きく異なりますが、クラウゼヴィッツはこのうちの今回のテーマである後者には、大きく3つのパターンがあるといいます。

 

  1. 疑わしい事実を歴史的な根拠に基づいて確定させること
  2. 原因から結果を説明すること
  3. 軍事的行動において用いられた手段を検討すること

 

つまり、戦史を(=1)その原因から結果を分析するやり方で研究することで(=2)教訓すなわち戦争指導の理論となり得るものを検討・確定する(=3)ことができるというわけです。研究によって疑いを差し挟む余地のない真理を手にし、戦争指導の理論として確立することが批判の目的だと彼は言います。

 

ですが、この研究はそう簡単にはいかないとクラウゼヴィッツは続けます。その要因を、彼は外的なものと内的なものに分けて、それぞれ次のように説明しています。

 

【戦争の研究に伴う外的な困難】

まず、ある事態が生じた本当の原因(クラウゼヴィッツは真因といいます。以下、真因とします)を見つけるのが難しいという現実があります。なぜなら、その真因は将帥によって意図的に隠蔽されたり、あるいは偶然の動因によって生じたりするからです。そして前者であれば、そもそも知ることはできませんし、後者であれば、そもそも歴史上に残りません。どちらにしても打つ手なしです。

 

よって、戦争の研究は常に歴史研究を踏まえなければなりません。歴史的な経緯をたどることで、限りなく真因に近いものを見つけ出すことが重要というわけですね。ですが、それでも本来とは違う原因と結果を誤って結びつけてしまうことはあります。

よって、戦争の批判は、歴史的研究で確定された事実の範囲内で留める必要があります。それより先を推論などによって補完し、原因と結果を結びつけてはいけません。

 

【戦争の研究に伴う内的な困難】

次は内的な困難です。ここで彼は2つの困難について語ります。

まずひとつ。戦争はたった一つの原因から生じることが稀だということ。もう一つは、その一つひとつの原因について、戦争を引き起こした部分を特定する必要があるということ。この2つです。

 

     *

 

ここまでは戦史(歴史)研究の難しさの話でしたが、ここからは具体的な戦争指導理論の研究内容についての話になります。

 

戦争において用いられた手段を検討するとき、重要なことが2つあるとクラウゼヴィッツは言います。その2つとは「それがもたらす効果がどのようなものか」と「それは将帥が本来意図したところの効果なのか」です。この2つに関しても、歴史的事実の研究と同様、恣意的に判断してはいけません。

 

ここで重要なのが、批判そのものが持つ性質です。先に述べた「理論的真理を実生活に適用する手順である」ですね。

前章で積極的学説の話が出てきたのを覚えているでしょうか。戦争における法則、原則、規則、方法を追求すべきところの理論研究は、徐々に積極的学説(方法を不断に適用することで、その応用性・実用性を高めていくことが積極的学説化)へと近づいていきますが、そうなればなるほど普遍性を失うという話です。

 

よって、その方法の使用が適切(だった)かどうかは、常に批判によって検証される必要があります(普遍的に正しい使用法というものが存在しないため)。つまり、法則や規則や方法というのは、常にその使用を将帥の判断に委ねなければならない(将帥が目の前の戦争の状況を見て、どの方法を使用するのが適切なのかを批判的に判断しなければならない)ということです。

 

ここでクラウゼヴィッツは、騎兵と歩兵の配属を例として、その具体的な説明を続けます。

当時、陣容において騎兵を歩兵の後方に配するというのが常套手段のように言われていたそうです。ですが、だからと言って、これ以外の陣容の価値を一概に否定するのは論外だとクラウゼヴィッツは警告します。批判とは、それが行われた真因を研究することが任務であって、もしその根拠が不足していれば、その確かさを同定しなければなりません。前述の陣容だけを批判的に考察して、その確かさを同定したからといって、ほかの陣容についてもきちんと確かめないまま無益だと断ずるのは不適切ということですね。

 

また、攻撃を分割して行えば作戦成功の確率が下がる、というのも当時は理論で確定されていたそうです。ですが、攻撃の分割と不利な結果がたまたま結びついたからといって、不利な結果がすなわち攻撃の分割から生じたと考えるのは早計です(ほかの要因に依るかもしれない可能性は否定されていないからですね)

 

批判の任務は、その結果はどんな原因から生じたのか、また使用された手段は目的に適合したものだったのか、そういった点を分析することにあります。たとえば、ある成果を期待した将帥が、その成果を得られる手段を講じたなら、この将帥は手段の性質をきちんと認識し、正しく選択・使用したといえます。一方、そうではない将帥が同様の成果を得ても、この将帥は手段の性質を認識していないため、その選択・使用は正しくなかったことになります。

 

しかし、実際の批判的研究は、こう簡単にはいきません。前述した通り、戦争における軍事的行動の真因は大抵ひとつではなく複数あるからです。

よって、手段について考察する場合も、その最も近いところの目的だけでなく、より高次の目的(戦争そのものの目的など)という視点からも、この手段を考察する必要があります。そうして、もはやこれ以上の考察が不要という段階の目的まで遡ることで、はじめて批判は目的を完了します。

 

では、その考察が不要な究極的な目的とはなんでしょうか?

それは大抵の場合、講和の実現だとクラウゼヴィッツは言います。

 

     *

 

さて、軍事的行動の批判的な考察には、現象の原因の究明と、目的達成のために用いられた手段の妥当性の究明がありましたが、両者はそれぞれ提携しなければならないとクラウゼヴィッツは言います。そもそも後者の手段が検討するに値するかどうかは、前者の原因の究明が為されたあとで始めて明らかになるからです。

たとえば、先の「その成果を意図せずに、その手段を使用した将帥」のケース、つまり原因と結果が結びついていないケースは、その手段が目的達成につながったかの妥当性を分析する上で有益ではありません(そこに論理的なつながりはないからですね)

 

もっとも、より高次の原因を分析していくにつれて、その原因と結果のつながりを見極めるのは困難になってきます。末端の結果の原因、そのまた原因となると、複数の可能性が生じるからです(枝分かれしていくイメージですね)

これは手段の考察においても同様です。より高次の目的を達成するための手段は多岐にわたるためですね(目的の抽象性が高まり、関わる範囲が拡大するため)。言い換えれば、ある目的を達成するために最も妥当な方法を考察するためには、実際に使用された方法だけではなく、あり得た方法も含めて考察されなければならないということです。もし実際に使用された方法が失敗を招いたのなら、それに代わる成功を招く方法も考察しなければ意味がありません。

そして、そのような考察がいかに広汎にわたり、困難なものかは想像に難くないとクラウゼヴィッツは言います。だからこそ、将帥クラスには先に述べた天才が求められるのである、と。

 

もちろん、この「より優れた案」が主観的なもの(早い話がでっちあげ)であってはならないのは当然です。それもまた、その有効性が証明されなければ、使用価値はありません。そして、その証明はこれまで語ったように、もっぱら歴史的事実=戦史を引用することで為されることが必要です。

 

ですが、ここで一つ問題があるとクラウゼヴィッツは言います。

それは、批判はどこまで将帥の立場から行われるべきかということです。

 

     *

 

批判は、当時の将帥が持っていた情報をベースに行われなければなりません。彼が知り得なかった、あるいは知り得ても実際には知らなかったことは排除することが必要です。逆に、彼が知り得たことは、すべて列挙しなければなりません。

ですが、この作業を完遂するのは簡単なことではありません。将帥がなぜその行動を起こしたのか、その動機は後世に伝わらないことのほうが多いですし、時々の行動を決意したところの事情はすでに消滅していますから知る由もありません。

 

また、将帥が行動したあとで初めて我々の知るところとなった成果については、逆の問題が発生します。

将帥の行動が導いた結果については、事前に将帥が知ることはできません(未来は誰にもわかりませんから)。ですが、その知り得なかったことが、もし偶然生じたものでなければ、それも踏まえた上で将帥の行動を判断する必要があります。その行動が「必然的に」導いた結果である以上、これを無視して将帥の決断・行動の良し悪しを論じるわけにはいかないのですね。その行動を起こせば、その結果が必ず生じてしまうわけですから。

 

もっとも、この事情は将帥にとって既知の事情についても同様です。将帥が知っていた・知らなかったに関わらず、生じた結果に必然的に関連するものは、漏れなく批判の上での判断材料としなければなりません。

 

ですが、ここで問題なのは、これらの既知の事情の多くが仮定や推測にまみれているということだとクラウゼヴィッツは言います。およそ確実だと思われる事情でも、仮定や推測によって冒されていないものはないと言って良いほどだと。

 

前述の通り、批判はある程度までは将帥と同じ立場から試みられなければなりません。ですが、ここまで見てきた事情により、それはなかなか難しいことも認めなければなりません(またそうあることは必ずしも必要ではありません)。というのも、将帥が練達のものであればあるほど、その判断や行動の動因や成果を批判的に考察するには、より高い批判の視点=将帥と同じレベルのものを考えることがどうしても必要となるからです。ですが、大抵の批判を行う者は、練達の将帥に及びません。

 

ただし、将帥が練達か否かにかかわらず、批判が高い視点を持つことが必要な理由はほかにもあります。それは「そうすることで主観的な分析が入りこむ余地がなくなるから」というものです。批判する者は客観的な根拠をベースに考察しますから、その批判を聴くものにも納得感が生まれるというわけですね。

もっとも、批判する者がそれを自身の才能のみの成果だと訳知り顔で語るなら、それは非難の的となります。批評家は単に過去の将帥の功績や誤謬を指摘することができるだけで、彼自身が当の将帥の立場に置かれたとき、彼よりも優秀に判断や行動を実行できるわけではありません(むしろ不可能だろうとクラウゼヴィッツは補足しています。より甚大な誤謬を犯すに違いない、と)

     *

以上、これまで見てきたことは、生じた事態の連関をベースに批判するやり方でした。成果と手段のつながりを見ていくイメージです。

ですが、なかにはそれとは別に「成果の良否そのもの」をベースに、それを導いた手段の是非を判断するという仕方もあります。

これは、どういうことか。クラウゼヴィッツはナポレオンの戦役を例にして次のように説明しています。

 

ナポレオンは1805年、1807年、1809年、そして1812年に、オーストリアとロシアに対する戦役を行いました(オーストリアは1805年と1809年、ロシアは1807年と1812年)。そしていずれも同じような戦略がとられましたが、1812年のみが失敗しました。

このとき、批評家のなかには「1812年以外は、たまたま成功しただけで、その戦略はもともと不備があった」と言う人がいましたが、これは正しくないとクラウゼヴィッツは断言します。ですが、それは彼らの「不備があった」という判断が誤っているのではなく、そのための証明が不十分だという点に対してでした。

 

この4度の戦役を正しく説明するならば、1812年以外においては、ナポレオンは敵を正しく把握したが、1812年のときはそれを誤ったのだとクラウゼヴィッツは言います。

そのときなにを誤ったのか、またどうして誤ったのかは分からないかもしれない(前述した通り、すべての情報が手に入るとは限りません。なお、これが手に入れば、前述の「成果と手段のつながり」を見ていく仕方で考察できるようになります)ですが、彼が「誤ったこと」は、1812年の戦役の結果が「失敗」であったという「結果」がたしかに証明してくれるとクラウゼヴィッツは指摘します。このような考察が、ここでいう「成果の良否そのもの」が批判の是非につながるということです。

もちろんですが、こうした不確実性(つまり僥倖や不幸などの介在)は少ないに越したことはありません。

ということは、もし将帥の導いた成果が不確実性(僥倖など)によるのならば、そこに伴う功績あるいは責任がすべて消滅するように思われます。ですが、もし将帥が期待した通りの成果が偶然によって導かれたものだとしても、私たちはやはりそれに対する賞賛は禁じ得ないとクラウゼヴィッツは言います。そして、その逆もまた然りだと。つまるところ「成果の良否」による判断の正しさは、結局それが我々の期待通り(の良否)かどうかに依存するというのが、クラウゼヴィッツの立場です。

では、なぜそうなるのか。

それは「将帥の天才」と「僥倖による成果」とのあいだに、我々が目にすることができない連関(が存在すること)を期待するからだと彼は言います。だからこそ、数々の戦勝に恵まれた将帥のそれが僥倖によるものであったとしても、我々は喜んで彼に随伴し、彼の歩んだ道を辿ろうとするのだと。

 

     *

 

ここへ至り、批判のあるべき姿が見えてきます。

基本的には人間の計測をベースに行われ、また人間が確信し得るものを考量した上で、そうした人の目には見えない連関については、最終的に帰結された成果の良否によって見極める、それが批判です。

 

この「成果の良否」によって判断されるものの代表は、精神的な諸力とそれが及ぼす作用です。勇気や恐怖がわかりやすいでしょう。勇気や恐怖が結果を導いた直接的な要因の場合、そこに論理的なつながりがないため、この判断や行動には人間の計測を許すものが介在しません。よって、この連関は見えないため、その手段の良否を判断するには成果の良否にもとづく必要があるというわけです。

 

     *

 

ここで、批判が用いる「言葉」について考察しておきましょう。

 

戦争指導の理論が旨とするのは、指導者の精神の訓育であり、それによって彼の精神を指導することです。……と、原文ほぼまま書いてもわかりませんよね。苦笑。

つまり、戦争指導は積極的学説や体系(戦争のための手段)を提供するものではないということです。言い換えれば、その理論をそのまま目の前の戦況に当てはめて勝てる道具ではないということですね。そして、戦争における真理(あるべき戦略・戦術くらいの意味)は、こうした学説の援用などによって露わになるのではなく、自らの精神(知性)によって直接、見抜かれるものです。真理は戦況ごとに異なる特殊なもので、一般的なものではありません。だからこそ常にそれを洞察する目が必要となるわけです。戦争指導が育てるのは、この点です。

 

よって、すでに確立された真理の助けを借りて、その洞察の精度を高めること(戦争指導の理論による精神の訓育)は認められ、推奨されるべきですが、かかる真理は確固不動のものではない点に注意が必要です。そしてこれは批判も同様です。

 

もっとも、批判においてこの敬虔な努力が為されたことは、ほとんどないのが現実だとクラウゼヴィッツは言います。誰もが自身の虚栄心を満たすために、着想の新奇をてらう批判の応酬ばかりだ、と。

そのような者たちは、自分の(語りたい)批判を補強するために、こうした真理を援用するなど不適切なかたちで使用し、そして大抵は小難しい言葉を使うのが特徴だとクラウゼヴィッツは言います。そんな彼らの話はおびただしい専門用語を用いるため、読者になにも伝わらないとも。実際、その専門用語には中身がないことが多く、もはや本人すらそれをもってなにを語っているのかわからない、ただ小難しいことを語って、したり顔をしているだけにすぎないのだと、クラウゼヴィッツは非難します。

 

     *

 

最後に、批判における第三の弊害について語っておきましょう。それは、歴史的実例の濫用と博識を誇示することです。

 

たとえば、あまりにも古い時代からの同様の事例の引用や、あまりに事情の異なる国の同類の事例の引用は、話を脇道に逸らすだけで些かの証明力もないがらくたに過ぎないとクラウゼヴィッツは言います。このような引用を濫りに行うことは、著者の博識ぶりたいという意志の顯れにほかなりません。戦争指導の理論は平易な言葉で語り、諸要件をありのままに考察するものですが、それはあくまでも事実に即して行われなければならないものなわけですね。

 

 

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《露骨な宣伝》

趣味で海戦の小説を書いていたりします。

 

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