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クラウゼヴィッツ『戦争論』vol.013|戦争理論の本旨は考察であって学説ではない

《参考図書》

 

《今話で取り扱う範囲》

  • 戦争の理論について(第2篇・第2章)

 

     ◇

 

戦争理論の本旨は考察であって学説ではない

第二篇・第2章は「戦争の理論について」と題して、理論がどうあるべきかといった背景や、その理論を構成する要素(つまり、これ以降の章や篇で語られる内容)について簡単な紹介(導入)が行われます。その項目数、合計でなんと46……。

ただ、これだけ聴くと多いですが、一つひとつは極めて短くシンプルな内容ですので、そこまで難しくはありません。いわば『戦争論』の全体像をざっくり押さえる章ですので、もしこの本に興味があるという方がいらっしゃったら、ここだけ読んでみて雰囲気を確かめてみるのもよろしいのではないかなと思います。

 

 

1:「戦争術」は最初は戦闘力の準備と同一視された

クラウゼヴィッツの『戦争論』以前から、戦争を理論的に捉えようとする動きはたくさんあり、それらは「戦争術」あるいは「戦争学」などと呼ばれていました。

ですが、昔の「戦争術」あるいは「戦争学」は、もっぱら戦争に関わる「物」に焦点をあてていました。具体的には、考察の対象は「要塞や堡塁の建造」や「戦闘隊形」などで、いわゆる「戦略」や「戦術」ではなかったのです。言い換えれば、クラウゼヴィッツの時代の「戦争術」が取り扱ったのは「剣術」であり、昔の「戦争術」が取り扱ったのは「刀鍛冶術」ということです。

 

2:戦争そのものは攻城術として初めて出現した

では、この「剣術」にあたる戦争術、つまり「戦争の指導」が現れたのは、いつからなのでしょうか。その明確な答えは本書でも提示されていませんが、最初に「戦争の指導」が導入されたのは、攻城戦だそうです。その代表的なものが、攻城戦の発展のなかで現れた塹壕や近接壕(ジグザグに築かれた壕。要塞へ接近するために使われた)などです。

ただ、このときもまだ「戦術」といえるレベルではなく、単純に「物の発展」に留まっていたとクラウゼヴィッツは指摘します。要は、戦争術はまだ「物自体の発展」のみを取り扱っているに過ぎず、その「運用」などの「術」の領域には踏みこんでいなかったということですね。

 

3:それから戦術が現れてやや戦争らしい趣を呈するようになった

では、そんな「物の発展」が進んだ当時の戦争は、どのように行われていたのでしょうか。当然ですが「術」が登場していないため、あらかじめ決まった隊形や戦闘序列によって行われていました。そこへ道具(=戦闘力)の特性に基づいた「作戦」を盛りこもうとする試みなども試みられましたが、これはうまくいきませんでした。当時は、所定の戦闘隊形と戦闘序列(隊形のどこにどの部隊を配置するのかという考え方)のもとで整然と決められた動きをするだけが戦争であり、精神(知性)に自由なはたらきを与えられることはなかったのです。

 

4:本来の戦争指導は何らかの機会にいわば変名で現れたにすぎない

ですが、中世の個人間闘争の時代から、戦争がこうした複雑なものへ次第に変わるにつれて、次第に精神の自由なはたらき、すなわち戦況に応じて道具(戦闘力)を千差万別に使用する光景が見られるようになりました。ただ、これらはあくまでも例外的なものでした。当時、こうした千差万別な使用は将帥の天稟に委ねられたものであり、到底一般化できることではないというのが通説だったのです。

 

5:戦争における諸般の出来事を考察しているうちに理論が必要になってきた

ですが、こうして戦争が複雑化するにつれて、過去の歴史に対する批判的な見方がどんどん積み上がり、次第に前述のような考え方(千差万別な使用は天稟に依存する、戦術とは刀鍛冶の術である、など)が誤っているのではないかという声も大きくなってきました。こうして、戦術を天稟に委ねる立場と、戦術は一般化できるという立場が混在するようになります。

すると、この論争を決着させる拠り所が求められるようになりました。これが戦争理論の萌芽です。

 

6:積極的(断定的)な学説を組織しようとする努力

このような流れを受けて、戦争指導を理論化・体系化しようとする動きが出てきました。

ですが、理論化・体系化するということは、すなわち単純化・総合化ということです。ただ前述した通り、戦争指導は非常に多岐にわたる物事を含み、かつその境界は曖昧です。そのため、この試みは非常に困難なものでした。

 

7:物的事象に局限された理論

その困難を察知した理論家たちは、それを避けるために、物的なものの一面に限って理論化・体系化しようとしました。すなわち数的・計数的に把握できる範囲に限って、戦争に関わる理論を築こうとしたのです。

 

8:兵数の優勢

そんな彼らが真っ先に目をつけたのが兵数です。

彼らはそれ以外の一切の事象を排除してかまわないと考えました。それ以外の条件は彼我双方で同じため、相殺できると考えたのです。結果、某日の某時に某地点へ相手に優る兵数を送りこむことこそが、戦争における秘訣であると考えられるようになりました。ですが、これが誤りなのは推して知るべしでしょう。

 

9:軍隊の保持

同様に計数的に処理できるという理由で、この理論家たちが持ち出した概念に軍隊の保持に関する物資があります。

 

10:策源

たとえば、ある戦争理論家は戦争に必要な様々な事項を一括して「策源」という概念で捉えようとしました(なお、この理論家はビューローと思われます)。この概念には、給養、装備の補充、軍と本国を結ぶ連絡線の確保、退却線の確保など多岐にわたる概念が含まれ、彼はこれらの概念を「策源」という概念に置き換えます。

またそれだけではなく、彼はさらに「策源」の量(地域)を策源そのものにすり替え、戦闘力と策源の角が為すところも策源の量に組み入れました。・・・といっても、あまりピンとこないと思います。策源に関しては、中巻に入ってからですが、策源について取り扱う章があるので、そこまでお待ちいただければと思います。

 

策源とは、簡単にいえば「作戦基地」です。ここで作戦が立てられ、また物資の補給なども行われていました。そしてこの策源は当時、線で表現できると考えられていました。策源とは基地、すなわち地域(これをクラウゼヴィッツは量と表現しています)のため、この地域を一本の線で表現するのです。このとき、前線の軍隊と策源の線の両端を結ぶと角が形成されますが、この角度が当時、重要と考えられており、60度以内であることが望ましいとされていました。

このように、件の理論家は策源を幾何学的に取り扱えるようにしたわけですが、クラウゼヴィッツは「これにはなんの価値もない」と容赦なく一蹴します。

 

11:内線

その後、この誤った理論に対する反動として、今度は「内線」という考え方が台頭してきました。

ここで内線と、それに対する外線の考え方について、簡単に整理しておきますと、

 

  • 外線:優勢な軍隊が、敵軍に対して包囲戦あるいは挟撃戦を行う場合の作戦線のこと。
  • 内線:外線に対抗する作戦線。つまり、機動力を活かして敵軍の突破を試みたり、あるいは戦力を集結して一点突破を試みたりする作戦線。よって、外線に比べて短く小さい傾向を持つ。

 

簡単にいえば、相手の周りを囲って求心的に攻めるのが外線、相手に周りを囲われて離心的に攻めるのが内線です(このあたりは中巻の後半のほうで言及されていますので、詳細はそちらに譲ります)

この内線という考え方は「戦争において唯一有効な手段は戦闘である」という原理を根拠とした点で優れていたとクラウゼヴィッツは一定評価します。内線の本質が単なる守勢ではなく、守る側も攻撃に出る必要があることを正確に見抜いた理論だからです。ですが、幾何学的に取り扱おうとした点で、まったく現実の戦争を説明するには相応しくなかったとも言います。

 

12:これらの試みはすべてよろしくない

さてここまでいろいろと書いてきましたが、クラウゼヴィッツは「これらの試みは、軍事的行動を律する指定や規則としては、まったく現実の使用には堪えない」と言い切ります。その理由は、次の通りです。

まずこれらは、戦争にまつわるすべてを量として扱っています。ですが、実際の戦争においてはすべてのものは不定だというのがクラウゼヴィッツの立場です。すべては「変数」として考えられなければならないというわけですね。

また、これらの理論は物体の量(物理的側面)だけを論じていますが、実際の戦争には物体だけではなく、精神的な諸力も関わってきます。前篇で説明した通り、戦争を考える上では、この両方を考えなければならないというのがクラウゼヴィッツの立場です。

 

13:これらの理論は規則になずんで天才を認めないのである

こうした精神的諸力を無視する理論家は、ゆえに天才を認めません。なぜなら「天才とは、周囲から抜きん出た知性と情意(感情)を併せ持った精神を指す。そして軍事的天才とは、軍事に向いた天才」だからです。戦争の一面=物理的側面しか見ていないため、精神的な要素である軍事的天才を考えることができないというわけですね。

 

14:精神的な量が考察の対象となると忽ち理論の困難が増大する

しかし、精神的なものを取り扱い始めると、たちまち理論は困難に直面します。物質的なものを扱っている限りは、問題の所在はすぐ分かりますが(身体や物質などの視覚的構造には、議論の余地がないから)、精神的なもの(感情や印象など)はそうもいきません。異常が目で見える身体的な面を見る医者よりも、直に確認することができない精神的な面を見る医者のほうが困難に直面しやすいのと同じですね。

 

15:戦争においては精神的な量を無視することができない

ですが、戦争の理論においては、物質的なものだけではなく、それを運用するところの精神的なものも考察しなければなりません。

ただ、この精神的な量を把握する目は、人によって異なり、また同じ人によっても時によって異なります(故に前述の難しさが生じます)

クラウゼヴィッツは前篇で戦争の本領は危険だと言いました。戦争は常に危険のなかで推移します。だからこそ、将帥の判断を左右するものとして勇気があり、その勇気の量は年功や名声および経験などに依存します。言い換えれば、勇気の量はこれらを客観的な指標として計算できる客観的なものであり、この量によって敵の将帥がどれほど勇気ある人物かを判断できるというわけですね。

 

16:戦争指導の理論における主たる困難

さて。では、こうした戦争を形成する精神的諸力に伴う理論上の困難には、どのようなものがあるのかを見ていきましょう。

 

17:第一の特性 - 精神的諸力と精神的効果

まず第一は「敵対感情」です。

前篇の冒頭のほうで見ましたが、闘争とは元来、敵対感情が発現した結果として起こるものです。とはいえ、一見すると敵対感情が見られないこともあります。たとえば、大規模な闘争では単純に敵対的な「意図」しか見られず、実際に戦争する個人は敵に対して「個人的な敵対感情」を持たないものだったりします。

ですが、だからといって敵対感情が存在あるいは発生しないわけではありません。というのも、上述とは別の形で敵対感情が現れるからです。たとえば、兵士個人のなかに「個人的な敵対感情」がなくても、そこを国民的憎悪が埋めるケースが多くあります。またそうでなくても、戦っているうちに自然と敵対感情が芽生えてくるのが戦争です。もっとも、このときの敵対感情は、相手の国や将帥に向けられるのではなく、単純に「攻撃されたからムカついた」という憎悪(いわば動物的憎悪)ですが。

また、この敵対感情と似たようなものに、功名心、支配欲、感激などがあります(敵対感情と「似たような感情」として功名心などが紹介されているのではなく「戦争において似たような機能を発揮するもの」として紹介されている点に注意してください)

 

18:危険の与える印象

ここからは前篇ですでに説明されている部分でもあるので、簡単に見ていきます。

この戦争の本性である危険によって、人は恐怖や苦悶を感じます。これは本能的な情意(感情)ですね。この効果を抑えるために必要なのは、勇気がこの恐怖と均衡を保つことでした。恐怖は身体的な自己保存を指向(要は身=命の安全を確保しようと)しますが、勇気は道徳的な自己保存(身=命の安全確保よりも、国のために勝利を追求する姿勢)を指向するものです。

 

19:危険の及ぼす影響の範囲

この危険が将帥に及ぼす影響を正しく評価するためには、将帥自身の身体に作用する影響のみに限定してはいけません。彼は自身に迫る危険によってだけ影響を受ける(恐怖を喚起される)のではなく、彼の部下に危険が迫ることでも影響を受けるからです。また将帥は、大規模な戦争を部下に提唱して戦争に臨む際、責任感によっても危険から及ぼされるのと同じ効果を受けます(部下を危険にさらすことから生じる恐怖)。つまり、将帥は戦争に臨むに際して、自らの参戦によって直接的に、そして部下に戦争を命じることで間接的に、危険から効果(影響)を及ぼされるのです。

 

20:諸他の情意的諸力

また戦争に関係する情意的諸力は、なにも危険と敵意から誘発されるものだけではありません。日常生活において発現する他の情意的諸力についても無視してはいけません。たとえば、嫉妬や高潔な心情、高慢と謙虚、憤激と感動などです。これらは闘争にも少なからず影響を与えるものであるため無視することはできないと、クラウゼヴィッツは言います。

 

21:精神の特性

そして、もちろん将帥の精神の特性も戦争に大きな影響を及ぼします。よって戦争理論の体系化にあたっては、これらについても見ていかなければなりません。

 

22:多種多様な個性は目標に到達するための多種多様な仕方を生ぜしめる

地位が上がるにつれて、その人物が持つ精神的諸力が及ぼす影響の程度(その影響範囲や影響力)も大きくなります。また、その多様性は当然ながら理論にも影響を及ぼす=理論を多様化するため、戦争が「確からしさ」(確率)と「僥倖」(運)とによって影響を受けるようにもなります。

 

23:第二の特性 - 活発な反作用

次に挙げられる特性(戦争を形成する精神的諸力に伴う理論上の困難)は、彼我双方の側における活発な反作用と、それによる交互作用です。これのなにが困難なのかと言えば、この交互作用が戦争の計画に齟齬を生む可能性がある点です。

こちらの方策が相手に与える影響の中身や程度(つまり効果)を左右するものは、なによりも将帥の個性です。

理論は一般的なものであり、個別の戦争それぞれについてなにかを語っているわけではありません。よって現場においては、将帥の判断と才能(個性)によって、適用される理論が左右され、故にその影響(効果)も左右されます。言い換えれば、一般的な状況(机上のデータや地形などの汎用的情報)に基づいて事前に立てられた計画の実施(作用)は、将帥の個性によって引き起こされた予期せぬ事態によって、その実現が妨げられること(反作用)があるというわけです。よく言えば、将帥は戦況に応じて臨機応変に戦略・戦術を組み替えていく、ですが一方で、当初の理論に基づいた計画を崩していくわけですね。

 

24:第三の特性 - 与件はすべて不確実である

次に挙げられる特性(戦争を形成する精神的諸力に伴う理論上の困難)は、戦争に際して与えられる「与件」が、すべて不確実であるということです。客観的な情報が多いこともあれば、少ないこともありますし、またその真偽が定かではないことも多いです。

そのため、あらゆる判断や行動は大抵の場合、薄明のなか手探りで行われるに等しいです。よって、このような状況下においてはより将帥の個性に頼るところが大となり、あるいは偶然がもたらす僥倖に期待するしかなくなります。

 

25:積極的な学説は不可能である

ここまで見てきたように、戦争術に対する考察とはこのような性格のため、これを学説に仕立てて、将帥に規則や原則を外部から与えようとする試みは不可能だと言えます。すでに述べた通り、理論と現実とは大きく異なり、それゆえに将帥は理論や法則に捕らわれずに行動することになります。よって、体系化された学説と現実は矛盾するわけですね。

 

26:真正な理論は二通りの方法によって可能である

このような精神的諸力に伴う困難によって、戦争にまつわる理論を構築することが困難であることが分かりました。
ですが、実はこの困難を避ける方法が二つあるとクラウゼヴィッツは言います。

 

まず第一。この困難は、いつでもどこでも、同じように大きいわけではないということです。

たとえば、階級による違い。ここまで述べてきた内容は、地位によってどのくらい当てはまるのかが異なります。将帥クラスと違い、現場の兵士クラスであれば、個人的犠牲を旨とする勇気はますます要求されますが、一方で判断や知性に伴う困難は著しく減少します。下級の兵士たちに関係する現象は数が限られるため、判断を要する事象自体が少ないからですね。また下級の兵士に与えられた目的と手段は限られていますし、さらに状況判断に必要な事象は自身の目の前にあり、その真偽を自分で判断することができる場合がほとんどです(将帥のように判断すべき事象を直に目にすることができないといったケースが少ないわけですね)

 

また、この困難は精神的諸力によるものですから、物質に関わる面を考察する上においては、この困難はそこまで大きくありません。たとえば、戦闘序列や戦闘計画、戦闘指揮などは武器を持って戦う物質界の事象のため、精神のはたらきが介在しないことはほとんどなく、なによりも物質がものを言うため、困難の程度が縮減されるわけです。

ですが、こうした戦闘を使用すること、つまり「戦闘の使用」(これは以前に書きましたが、戦略の範疇です)を戦争目的に適合させるには、どうしても精神のはたらきが最も重要のため、将帥の精神のはたらきの影響が最大となる=確からしさや僥倖の影響度が高まります。より簡単にいえば、戦術における理論を組み立てる困難は、戦略におけるそれよりも困難さにおいては小さくなるということです。

 

27:理論の本旨は考察であって学説ではない

そして第二。理論は必ずしも行動を指定する学説である必要はないということです。

たとえば、ある行動が、同一の目的あるいは手段に紐づく場合、その行動が多種多様であるとしても(つまりある目的や手段と行動の組み合わせが多種多様であるとしても)、これは理性的考察の対象になり得ます(つまり、理論化の対象となり得ます)。この考察こそが理論です。

そして、この理論が歴史に適用されると、私たちは歴史を完全に理解できるようになります。こうして理論は、戦争がいかなるものであるのかを明るみに出してくれるわけですね。ただ注意すべきは、この理性的考察を通じて導き出すべきは、決して代数学的公式のようなもの=学説ではないということです(これまで何度か出てきましたが、戦争はそうした代数学的公式で取り扱うことができないものである、というのがクラウゼヴィッツの主張です)

 

28:このような観点から考察すれば理論は可能となり理論と実践との矛盾は解消する

そして、このような観点から戦争を考察すれば、現実と矛盾しない戦争理論の構築が可能となります。

 

29:そこで戦争理論は目的と手段との性質を考察する。戦術における目的と手段

つまり、戦争理論においては、件の行動を規定する目的と手段の性質について考察しなければなりません(それが戦争理論を規定するからです)。そこで、まず戦術の「手段」と「目的」について見てみましょう。

戦術の手段とは、戦争を遂行する上での戦闘力であり、戦術の目的とは、勝利です。ですが、勝利と言っても、その内実は多様ですね。たとえば、敵戦闘力を完全に撃滅する勝利と、単に一領土を占領する勝利とでは、その後の戦闘計画や戦闘指揮に与える影響が変わってきます。

 

30:戦術における手段を使用する際に必ず随伴するところの三通りの事情

この戦闘力を使用するに際して、戦闘の開始から終了まで絶えず影響を与える3つの事情があります。よって、戦闘力を考察する上では、この3つを踏まえなければいけません。それは「戦闘地域」「戦闘開始の時刻」および「天候」です。

 

31:戦闘地域

これはさらに「土地」と「地形」に分解できます。

たとえば、広大な平原で戦う場合、それが戦闘に与える影響は皆無と見ていいでしょう。ですが、欧州の平原はすでに開拓され尽くしているので、土地や地形が戦闘に影響を与えないことはあり得ません。よって、これは考察対象となります。

 

32:戦闘開始の時刻

これには、戦闘開始の時間と戦闘が行われる時間の二つの考察軸があります。

 

33:天候

天候が戦闘に与える影響は軽微です。影響を与える要因は「霧」くらいのものであるとクラウゼヴィッツは言います。

 

34:戦略における目的と手段

次に、戦略における目的と手段です。

戦略における勝利(=戦術的目的)は、単なるいち手段にすぎません(戦略とは個々の戦闘の使用を手段とするからです)。よって戦略における目的は、講和に至ることとなります。

 

35:戦略における手段を使用する際に必ず随伴するところの三通りの事情

その上で、戦略にも戦術と同様、影響を与える3通りの事情がある。以下の通りだ。

  1. 土地と地形:これは戦術の場合と違って、もっと範囲が拡大されます。国土と国民を含む規模となります。
  2. 戦闘開始の時刻:このスパンも拡大され、一年中の気候なども考慮されなければなりません。
  3. 天候:これも同様で、異常気象(たとえば酷寒など)なども考慮されなければなりません。

 

36:これらの事情はいずれも戦略における新奇な手段となる

言い換えれば、こうした事情は戦略の幅を広げる新しい手段となります。

そして、戦略における目的とは、上述した通り「講和」に「直接」つながるものです。

よって、この目的と手段のつながりについて新たに考察しなければなりません。

 

37:戦略は研究の対象とするところの手段および目的をすべての経験に求める

ですが、このとき問題となることが二つあります。

一つは、そのための材料を余すところなくすべて網羅することは到底不可能だということです。

よって、この考察において研究対象とすべきは、戦史において提供されている目的と手段の様々な組み合わせに限られます。こうして常に実際的なものとして理論は考察されなければなりません(史実を踏まえないで、机上の空論で考えてはいけないということですね)

もちろん、これはかかる事態(史実)に即した理論にしかなりませんが(その理論は同じ状況においてのみ通用する限定的なものであるということです)、これはいかなる理論においてもそうなるものだから仕方ありません。

 

38:手段の分析はどの程度まで行われねばならないか

第二の問題は、手段の分析はどの程度まで行われる必要があるか、という点です。

これは、実際の運用において必要なレベルまでで良いとクラウゼヴィッツは言います。たとえば火器であれば、その射程や射撃の効果は知っておかなければいけませんが、その構造についてまで知る必要はありません。戦争指導で伝えられるものは、その構造ではなく使用法です。火薬などは、その製造方法ではなく、その性質ですね。戦争指導において火薬を生成することはありません。それはすでに出来上がった状態でやってくるからです。

 

39:知識が著しく簡略になる

このように研究対象の数(やどこまで考察すべきかという範囲)は著しく減り、また知るべき知識も簡略化されます(火器の構造について知る必要はないように)。ですが、このような研究から生まれた結論は、確実で疑いを差し挟む余地がないものであり、決して不十分というわけではありません(現実の必要に即したレベルの考察となっているので、実戦に十分堪えるものです)

 

40:戦略は優れた将帥が忽ちにして打出される所以を解明しまた将帥は学者であることを必要としない理由を明らかにする

このように知識は簡略であるため、およそ優秀な将帥が博学多識な将校出の人物である必要がないことも分かります。実際およそ知識を学ぶに相応しくない環境にいた軍人こそが、卓越した将帥であるという事実も多くあります。

 

41:従来の理論における矛盾

ですが、いままではそうした分析・研究が行われず、こうした簡略な知識を誰も気に留めませんでした。そのため、現実と理論のあいだには長らく矛盾が生じ(理論が正しく機能していなかったので)、戦争を正しく分析できたのは唯一、天才を持つものだけだったというのが、これまでの戦史です。なぜか。天才だけが唯一、理論を必要としない(で本質を掴める)からです。

 

42:すると今度はおよそ知識の功用を否定し何もかも天賦の素質に帰しようとする傾向が生じた

ですが、こうなったとき、理論の功用を否定してすべてを天才に委ねようとする人々が現れました。戦争指導は人間精神の天賦のはたらきによるものであると考えたのです。

ですが、もちろんこれは行き過ぎた認識です。戦争理論に必要な知識は大部分が後天的なものであり、違いがあるとすれば、どのような知識が追求すべき、身につけるべきものなのかという点です。そこを誤れば、当然だが意味がありません(そこを正しく認識できたか否かが、過去の天才と凡才の違いというわけですね)

 

43:知識は指揮官の地位に応じて異ならざるを得ない

43項目からラストまでは、簡単なまとめに入ります。

まず上述しましたが、必要な軍事的知識は地位に応じて異なります。地位が低ければ、学ぶべき対象の範囲は狭まり、扱う知識の総量も少なくて済みます。一方、地位が高ければ、扱う対象も増大し、かつ広汎に渡ります。

 

44:戦争において必要な知識は極めて簡略であるがしかしこの知識を実行に移すことは必ずしも容易ではない

そして戦争における知識は簡略であり、これはつまり考察や適用の対象が少数であることを意味します。そして知識を通して私たちは対象の大綱(火器の構造ではなくもたらす効果など)さえ把握すれば良いわけです。ですが、こうした知識を持っていても、それを実際の戦争に使用して効果を得ることは決して簡単なことではありません(前篇で述べたように、恐怖などによって冷静な判断が下せなくなるなどの事態が生じ得るからですね)

 

45:戦争において必要な知識はどのようなものでなければならないか

そして、これも上述の通り、将帥は優れた戦史研究家である必要も政治学者である必要もありません。ただ、彼は政治(内政や外政、国際関係など)や歴史について精通していなければならないのは、前篇でも述べた通りです。

また、将帥は優れた人間観察者である必要はありませんが、部下の性格や人となりなどについては知悉していなければなりません。また馬の馬力がどれほどのものかを知る必要はありませんが、行軍に際してどれほどの時間がかかるのかを知っておく必要はあります。

そして、これらの知識は、自然科学の公式などを機械的に援用して導き出せるものではありません。日常において物事の考察と判断の習練に取り組む不断の努力が必要です。

 

46:この知識は更に行動の能力と成らねばならない

最後に、こうした知識は、いつでも行動に結びつけられるくらい、自らの心に融けこませておく必要があると述べて、クラウゼヴィッツはこの章を締めます。一般の仕事人であれば、分からない真理(公式など)があったとき、つどつど辞書や書籍などを引っ張ってきて調べたり、量りをもってきて計測したりしても差し支えないですが、戦争はそうはいきません。彼らは目の前の戦況に応じて瞬時に判断を下さなければならないからですね。

 

 

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趣味で海戦の小説を書いていたりします。

 

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