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クラウゼヴィッツ『戦争論』vol.011|戦争における摩擦は、事前に完璧に把握することはできないが、動揺しないように備えることはできる

《参考図書》

 

《今話で取り扱う範囲》

  • 戦争における危険について(第1篇・第4章)
  • 戦争における肉体的困苦について(第1篇・第5章)
  • 戦争における情報(第1篇・第6章)
  • 戦争における摩擦(第1篇・第7章)
  • 第1篇の結語(第1篇・第8章)

 

     ◇

 

戦争における摩擦は、事前に完璧に把握することはできないが、動揺しないように備えることはできる

今回の記事で扱うのは第1篇の第4章から第8章です。ここは短い章がポンポンと続くので、息抜きのような感じでご覧いただければと思います。なお、第8章は「結語」であって「まとめ」ではないのでご注意ください。ここだけ読んでも、第1篇の内容が簡潔にまとめられていたりはしません。むしろここは、第4章から第7章までのまとめに近いイメージです。

 

 

第4章|戦争における危険について

戦争にはいくつもの危険があり、それは何層にも分かれているとクラウゼヴィッツは言います。この「層」が具体的にどのようなものかは本書に記されていないのですが、身の危険から命の危険までさまざまということだと思われます。ビジネスでいえば、ヒヤリハット、トラブル、インシデントといった具合に階層が分かれているような感じですね。

 

そして、新参兵はどの層の危険に触れてもたちまち平静を失い、放心に陥ると警告しています。新人はヒヤリハットでもびっくりするけど、ベテランは落ち着いて対応できるのを思い浮かべていただければ、分かりやすいのではないでしょうか。ただ、ベテランになればなるほど、危険の量も質も格段に増加します。新人は現場レベルのトラブルに見舞われますが、ベテラン(というか役職者)は会社レベルのトラブルを抱えますよね。

 

ですが、そこでベテランが浮足立っていてはいけません。そんな危機的状況の中でも「日常の室内で振る舞う」ように平静でいることが求められます。そして、これは将帥も同じです。将帥は戦場において、いつもの日常と同じように平静でいなければならないのです。そして、そのために必要となる素養が、前回まで色々と考察してきた内容であるというわけです(vol.005などが分かりやすいと思います)

 

     *

 

第5章|戦争における肉体的困苦について

第4章は、危険が及ぼす精神的な影響の話でしたが、第5章は「肉体的困苦」に関する話に移ります。

 

たとえば極寒の中や灼熱の中などの厳しい環境で疲弊しきった人たちが何事か判断を下すとき、その判断は主観的には正しいかもしれませんが、客観的に正しいとは言えない結果に陥りやすくなります。なぜなら、当事者の思惑が介入しすぎるからです。自分の身に(特に肉体的な)危険が及べば、誰だってその解消を第一に考えたくなりますよね。ですが、こうした肉体的困苦が戦争におけるあらゆる軍事的行動の「係数」となっていることも、また事実だとクラウゼヴィッツは言います。

 

ここで「係数」というのがピンときにくいかもしれませんが、要は「どんな判断においても影響を及ぼす要因」程度の意味に考えておいてもらえればと思います。必ず「かかってくる(係ってくる)」ものだということです。

 

     *

 

第6章|戦争における情報

ここで言う情報とは「敵および敵国に関するあらゆる知識」を指します。こちらの計画および行動の基礎を成すものとも言えますね。ですが、その作戦と行動の基礎である情報の大半は不確実で、ときには誤っており、さらにときには互いに矛盾したりもするため注意が必要です。ちなみに、情報を無闇に信じてはいけないとか、確実な情報だけ信じようとか、そういう理屈は通用しないというのがクラウゼヴィッツの立場です。なぜなら、情報とは常に不確実で、さらに変化に富むものだからです。

 

よって、情報に触れるときには、その当否や確からしさを見極める識別力が求められます。それを成すのに必要なものとして、クラウゼヴィッツ「事実に対する知識」「人間に対する知識」そして「判断力」の3点を挙げます。そして、その判断は確からしさの法則に従わなければならないとも言います。

 

たとえば、身の危険を感じる状況のなかで冷静に確からしい判断が下せるかと言うと、なかなか難しいでしょう。ですが、将帥や指揮官はこの困難に打ち克たなければなりません。とは言え、そもそもの情報の大部分は誤っている(可能性が高い)ため、またさらに人間の恐怖心が情報の嘘や虚偽の助長に力を貸すことが当たり前に生じるため、そうもいかないものです。人間とは、とかく悪い面ばかりに目が向き、それを必要以上に大きく捉えてしまうものだとクラウゼヴィッツは言います。それは将帥や指揮官も例外ではありません。

だからこそ、将帥や指揮官は自ら最初に立てた計画に確固たる信念を持ってこれを保持し、押し寄せる恐怖や虚偽の情報に惑わされずに冷静かつ的確な判断を下せなければならないのです。

 

     *

 

第7章|戦争における摩擦

ここまで(第4〜6章に限らず、第1篇全体において)戦争において直面する困難と、その要因となる摩擦(理論と現実の乖離を生む要因)について見てきました。

ですが、それらの困難、そして摩擦がどんなものであるかは、戦争を経験したことがない人にはもちろん理解できません。いざ戦場に立ってみてはじめて分かることがあまりにも多いからです。たとえば、旅行者が二駅ほど先まで今日中に進みたいと思い、それは計画上では可能だと考えていても、いざ行ってみると天候が荒れやすくて電車がよく止まる地域だったり、バスなどの代替手段もなかったりする……そんなイメージですね。これと同じことが、戦争においても頻発するわけです。

 

そのため戦争においては、机上の段階では到底考えられないような、小さい無数の事柄によって、当初の目算よりもずっと手前にしか到達できないのが通例です(計画通りにいかないわけですね)

たとえば、軍隊というのは将帥以下に大勢の軍人を抱え、それらが統率のもと一個の大隊として整然と機能します。これが机上の軍隊だ。ですが、実際にはそうはいきません。先に見た危険や肉体的困苦によって、この統率が乱れたり、たった一人の下級の兵士によって机上の通りに計画が進まなかったりすることもあります。さらに厄介なことに、この摩擦は1ヵ所で起こるのではなく、偶然にして同時多発的に軍隊のあちらこちらで生じることもあるのです。そうなるといよいよ対処が困難になります。

 

ただ、ここで気をつけておかなければならないのは、この摩擦に対処するために必要なのは「摩擦とは具体的にどんなものか」を理解することではないクラウゼヴィッツは言います。というのも、そもそも摩擦とは、具体的に特定できるものではない=いつも同じ摩擦が降りかかるわけではないからです。摩擦の正体を正確に把握することは不可能だというのが、クラウゼヴィッツの立場です。だからこそ重要なのは、どんな摩擦に直面しても、それに動じることなく対処できる心の強さ、知性、識別力を持つことだというわけです。

 

     *

 

第8章|第1篇の結語

さて、第一篇のラストです。

ここまで見てきたように(第4〜7章)、戦争における危険、肉体的困苦、情報、そして摩擦は、戦争を妨害する要素です。分かりやすく言ってしまえば、これらすべて戦争における「摩擦」ですね。すべて「計画通りに戦争を運ぶことを妨害する要因」です。

では、この摩擦を緩和する手段はないのでしょうか。クラウゼヴィッツは、ただ一つだけあると言います。

 

それは、軍隊が戦争に慣熟することです。

 

戦争において求められる勇猛にして沈着という心性は、もっぱらこの慣熟によって得られます。戦争に慣熟した軍隊は、どんな肉体的困苦にも耐え、どんな危険を前にしても冷静を保ち、判断を誤ることなく行動できるのです。

この慣熟とは、暗い部屋に置かれた人間の視界が、闇に慣れることで徐々に光を手にするようなものだと彼は例示します。ですが、この慣熟を将帥が軍隊の成員に、戦争に臨む前に完璧に与えることはできません。なぜなら先述した通り、戦争における上記のような妨害=摩擦は、いざ戦場に立たなければ、その実態を感得できないからです。

 

ですが、事前に似たような摩擦を与える演習を行うことはできます。それはもちろん実戦における摩擦ではありませんが、戦場において予期せぬ事態=摩擦に直面するという経験を積むことで、いざ戦場で摩擦に直面しても、その演習を積まなかったときと比べて、はるかに沈勇を保つことができるようになるのもまた事実です。確かにその摩擦は初めて経験するものでしょうが、摩擦を経験するということ自体は初めてではないからです。仕事になぞらえれば、営業でロープレを積んでおけば、予期せぬ突発的な切り返しなどにも対処できるようになるのと同じですね。

 

また、演習以外にもう一つ、この慣熟を戦前に磨く手段があります。それは、歴戦の将帥を外国から招聘することだとクラウゼヴィッツは言います。平和かつ戦争経験に乏しい国家は、戦争を経験したことのある卓越した将帥を外国から呼び寄せ、教えを請うことで、同様の効果を得ることができるというわけです。

 

以上で第1篇は終了です。具体的な話はほぼなく抽象的な話に終始しましたが、最初にお伝えした通り、戦争論は全体の話から各論へ移る流れで構成されています。そのため、具体的な戦術論などが出てくるのは、まだまだ先の話だったりします。

 

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《露骨な宣伝》

趣味で海戦の小説を書いていたりします。

 

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