cachikuのブログ

元「本を読んだ気になるブログ」です。個人の備忘録である点は変わりません。

【ラノベ創作論】キャラクターを等身大で書く際に注意すべき「きれい」と「汚い」のバランス

今回はキャラクターを等身大で描く際に大切なことです。

この記事は、以前にアップした以下の記事があまりにも長過ぎたので、部分的に切り出したものです。

 

smug.hatenablog.com

 こちらの記事をお読みいただいた方にとって真新しい内容がありませんので、ブラウザバック推奨です。

 

 

というわけで。今回は「等身大のキャラクターがすんなり受け入れられるために必要なこと」を考えていきます。

 

自分自身やってみて思ったのですが、等身大のキャラクターは書くのが本当に難しいです。より具体的に書けば、人としての「汚さ」を「良い意味で」言語化するというのがとにかく難しいのです。

なぜか? 内心や本音が全開のため、読んでいて「イライラする」「鬱陶しい」「ウザい」と思われるリスクがあるからです(白状しますと、筆者はこの感覚のためにクリアや読破を諦めたゲームやラノベが数作ありました)

 

上記過去記事で題材とした『りゅうおうのおしごと!』を例とします。

 

同作において、その筆頭は桂香でしょう。読者の中には、あるいは彼女の第3巻における振る舞いを受け入れ切れずに、離れてしまった方もいるのではないかと思っています。

ですが、この第3巻の桂香こそが、キャラクターの清濁を言語化するバランス感覚を学ぶ上で、とても参考になると筆者は思っています。

 

     *

 

筆者にとって、桂香はすごく魅力的なキャラクターでした。とにかく人間臭くて。第3巻・第2譜「着せ替え人形の決意」における下心、同巻・第3譜「桂香の記憶」における銀子に対して抱えていた彼女を「目障り」と切り捨てるほどの苛立ち。どれも本当に人間らしいのです。

ですが、こうした言動は読者に「身勝手」「ムカつく」などの負の感情を与えてしまいかねません。このリスクを抑えつつ、キャラクターに良い意味で汚い面を発揮してもらうためには、どうすればいいのか? この『りゅうおうのおしごと!』第3巻の桂香に出逢ってから、相当に悩みました。

 

 

 

 

桂香が読者に負の感情を与えることなく、しかし良い意味で「汚い」面を発揮できているのには、2つの要因があると思っています。

1つは、セリフと地の文の書き分け。もう一つは「きれい」なエピソードと「汚い」エピソードの配置順です。

 

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まずは前者。

わかりやすい参照先は、先ほども紹介しました第3巻・第2譜「着せ替え人形の決意」。ここでの桂香は、セリフで銀子の弱みをついて指導を頼むという「汚い面」を装い、地の文でそんな自分を毛嫌いする「きれいな面」が表現されています。つまり「汚い面」だけが目につかないように配慮されているのです。

 

続いて後者。

例えば、第3巻・第3譜「桂香の記憶」。ここでは高校時代の桂香が、それまで嫌っていた銀子に心を許すようになったエピソードが語られます。

この時、まず銀子を嫌っていたエピソードが先に出ます。つまり「汚い面」ですね。そしてその後、銀子に心を許すという「きれいな面」へ話が移っていきます。このように「汚い→きれい」という順番で構成することで、たとえ章が区切られて話が変わっても、読者の中で桂香は「嫌なヤツ」のままにならずに済みます。

 

ただし、ストーリーの都合上、どうしても後半で「汚い面」を出さないといけないこともあるでしょう。それが同巻でいえば、第5譜「盤外戦術」以降のストーリー。桂香は対局室に入ってから常時「汚い面」だけを見せ続け、天衣との一局ではそれが頂点に達します。しかもこのときの視点は八一にあるため、彼女の「汚い面」をセリフと地の文を書き分けることで中和することはできません。

 

ここで凄いなぁと思ったのは、全体の構成でした。

筆者は、なぜここで自分が桂香に対して欠片もネガティブな感情を抱いていないのか不思議に思い、理由を考えてみました。

 

結果として行き着いたのは、作品全体の構成=それまでのエピソードすべてを通して、筆者が彼女を「汚くもきれいな人物である」として認識しているからではないか、という理由でした。

例えば、第3巻・第2譜「清滝桂香」における同窓会のエピソード。これが冒頭にあることで、その後に登場する「汚い面」が、ただ純粋に「汚い」ものではないことがわかります(先に出すことで後付け感がなくなります)。それ以外に、同巻・第4譜「象と蟻」なども、同目的を達成する上で非常に効果的な挿入話だと思われます。

 

つまり、作品全体の随所に桂香の「きれいな」エピソードを挟むことでキャラクターイメージを「きれい」に寄せているからこそ、たとえ「汚い」面に関するエピソードしかないシーンでも、ネガティブな印象を抱くことなく済んでいるのかな、と。

 

そんなところであります。

なんか締まっていない感じもしますが、元記事分割掲載のため、そのあたりはご容赦くださいまし。